Others
書道を介して
かつて東北大学歯学部生理学教室技官の鈴木興蔵さんの誘いで、よく日中友好協会の集まりに出席させてもらいました。
この写真は、中国から宮城教育大学に留学していた『方志軍』さんの奥さんがお子さんと一緒に来日した時のものです。
急に三人が松田歯科医院に挨拶に来られて、男の子に黒いウェストポーチ(ナント偶然病院にあったのです)を上げたことを思い出します。その頃中国はまだまだ発展途上国で、日本製品が憧れの的の時期で、あげたウェストポーチを本当に喜んでくれました。
方志軍は、現在北京体育大学の教授かな?
伊藤秀美先生退官慰労会
一回生で、東北大学歯学部の『生き字引』と言われた伊藤先生が退官されました。
教え子に慕われ、学生と教授の間に立って、常に民主的な立場で活動していたように見えました。
研究テーマは、主に「発音」とUCLAのCaputo教授と行った「バイオメカニクス」。
アメリカの歯科学生の必読書『臨床バイオメカニクス』を翻訳しました。
慰労会は仙台プラザホテルで行われましたが、先生の要望で身内だけの集まりになりました。
それでも、丸橋賢先生や柏田聰明先生始め、大学時代に研究を伴に行ってきた後輩達が多数参加してくれました。
柏田聰明先生
長い間、東京医科歯科卒後研修会のキーマン。
丸橋 賢先生
健康や食や社会の矛盾に関する書物を数冊出しています。
FOLLOW ME
SEARCH BY TAGS
FEATURED POSTS
CATEGORY
ARCHIVE
菅原準二先生退官慰労会
東北大学歯学部矯正歯科で長く教鞭をとっていた菅原先生が退官され、開業する事になりました。
大学時代は、先生は『歯科矯正』、私は『補綴』で、畑が異なっていましたが、随分とお世話になりました。
着席した席毎の記念写真ですが、著名な先生方と同席で、場違いで緊張のあまり疲れてしまいました。
上段右から2人目が菅原淳二先生。
嶋田先生帰国
大学時代からの友人の嶋田先生が無事帰国しました。
一昨年、震災で診療所と自宅を全壊したことを節目と判断し、歯科医を辞めました。
昨年は、長年の夢だったスペインに半年間行ってきましたが、今年は偶然にもミャンマーの日本語学校で教鞭をとる事になりました。
ボランティアで参加したため、渡航費や宿代も自分持ちで半年間頑張りました。
ミャンマーは亜熱帯地域の国だから、暑さや湿度は想像を絶するほど高かったそうです。
アパートにはエアコンも洗濯機も冷蔵庫もなかったため、中国製品(安い!)を購入したそうです。
SONYやPanasonicなどの日本製品の品質が良いのは理解していますが、購入するには高価過ぎると言うのが、国民の意識だそうです。
これまでの3枚の写真は、Facebookに掲載されたものを借用しています。
ミャンマー最後の10日間は、奥地の文化遺産を見物に行ってきたそうです。
最後の写真はお土産の包装紙です。
ミャンマー語(ビルマ語)の独特さには驚きます。
ポスター & ロゴマーク
下の画像は、来年院内に貼る予定のポスターです。
幾つかデザインを考えましたが、一番爽やかで、気に入っています。
非常に読みづらいのですが、
細かな英字は、これまで勤務し、また現在勤務している合計70数名のスタッフの名前です。
感謝を込めてデザインしました。
T-shirtsのロゴマーク
ここ数年来、
阿部さんがハーフマラソンに参加しています。
T シャツを作ろうかという話もあり、
色々検討しています。
その第1案。
本人は、一緒に走る相棒を募集しています。
渡辺真世さん、NHK見学
2014/02/28.
真世ちゃんの通う仙台市立西多賀小学校5年3組は、NHK仙台支局のスタディオ見学をしました。
みんなで最後に掛け合う言葉は、真世ちゃんのアイデアが採用されました。
ONE DAY OF STAFF
少し早めに出勤し、みんなの出勤状況をスナップしました。
みんなは心の準備ができていないので、どんな顔をすべきか悩んでいる様でした。
「あ〜嫌だ〜」とか「何なの!?」とか宣います。
仙台ハーフマラソン
2014.05.10(日)
仙台で、恒例の『仙台国際ハーフマラソン』が開催されました。全国でも著名な選手が参加し、応援の人だかりでした。
当院の阿部さんは、5kmの種目に毎年参加しており、今年も完走しました。
今年は当院の33周年にもあたり、Tシャツをデザインしていましたが、院長が失念してしまい間に合いませんでした。
『ごめんなさい m( _ _ )m 』
今急ピッチで準備しています。
来月は、山形で『さくらんぼマラソン』です。
T-shirts完成
さくらんぼマラソンに向けてTシャツのデザインを試行錯誤していましたが、結局カラー数を減らし、また透明度を0にして、シンプルな物になりました。
・・・と思っていた所、スタッフ間で話し合い、
元のデザインに!
6/8(日) 第13回果樹王国ひがしね さくらんぼマラソン大会
あいにくの天気、仙台80%、山形60%の予報。
大会は60%以下であれば決行ということで、朝5時過ぎに出発。
左:出発前の4人。
右:完走証明書を持って、やや疲れ気味の4人。
院長は応援に行って写真を撮影しようと目論んでいましたが、開催日を失念し、同日開催される堀田修先生の講演会(口腔内の病気とIgA腎症)に参加申込をしてしまいました。
残念。
お疲れ様でした。
Jazz Festival 2015
Jazz Festival In Sendai も恒例になりました。
これまでは阿部さんが参加したこともありましたが、今年は増澤さんがエントリーしました。
左から2人目が彼です。
増沢さんは、松川さんのフィアンセというか、旦那さんです。
結婚式は12月ですが、私たちスタッフは、今年のビールパーティーですでにお会いしています。
そのときのスナップ。
すごく緊張している様子です。
Beer party の風景は Partyページでご覧ください
河内先生 北海道新幹線一番列車に乗る
かつて、松田歯科医院で矯正講習会を行って頂いた、あの理路整然とした講義と時々脱線する話で大好評だった河内満彦先生が、北海道新幹線の一番列車初乗りに挑戦しました。
日本全国津々浦々、とても大切な仕事も家族も恋人も頭から締め出し、こういったイベントに熱中する人々は数限りなく存在し、特別な乗車券を手に入れるのは至難の技、ほとんど無理かもしれないと半ば諦めつつも、夢を捨てることなく、その異常な集中力で、あらゆる知恵と手段を駆使して挑むのです。
この一心不乱な、一途な、途方もない情熱!
でも一体、私たちはそれほど情熱を傾けるものを持っているでしょうか?
今回は、彼の果敢な挑戦および、細い血管なら数本切れてしまうほどの興奮と目尻垂れ下がるような悦楽の体験をご披露いたします。
(文責:松田 豊)
河内満彦 記
新青森駅から新函館北斗駅行きで青函トンネルに一番で突入するの北海道新幹線に無事乗車出来ました。
三回生浅野大先生の呪いで、青森発6:00であった新青森駅駅行きの普通列車が3月26日のダイヤ改正で5:45へ変更されており大いに慌てましたが。
既に乗車していたので、くす玉割りの儀式などは見られませんでしたが、新青森駅は、えらい盛り上がりでした。
可愛い感じのミスねぶたがいらしたので、盗撮せず、お願いして撮影させていただきました。
感動のうちの出発でしたが、次の停車駅である奥津軽いまべつ駅で降車した人が結構居り、立席特急券であった私でしたが、直ぐに座れました。 (´・ω・`)
多分、一番新幹線に乗ってみたかった青森県人なのでしょうが、「新幹線が青函トンネルを通ってなんぼ!」の大命題を理解出来ていないのでしょうね。
トンネルを抜けた後に車内放送で「はやて91号は青函トンネルを通過し、北海道内をただ今、走行しております。本州から最初に新幹線で青函トンネルを通過し、北海道にお越しくださいました最初のお客様となります。かつてナウマンゾウが通った道を、青函連絡船、在来線、津軽海峡線、そして北海道新幹線がいよいよ渡りきりました。」のアナウンスがありました。「これだよ、これ!」と思いました。 \(^o^)/
新函館北斗駅や函館駅での歓迎ぶりも相当なものでした。
特に函館駅改札内での耳をつんざくばかりの太鼓演奏は素晴らしい迫力でした。
五月蠅すぎて写真も撮らず逃げましたが。
函館駅上空は天候にも恵まれ、ブルーインパルスの記念飛行もありました。
翌日は、大沼公園でのイベントを見て、江差線から第三セクターに移行した道南いさりび鉄道にも乗ってみました。
帰り際には、新函館北斗駅では、北斗市の不気味なゆるキャラ、ずーしーほっきーにも会えて嬉しかったです。
各局のニュース番組で、元トンネルマンのお爺ちゃんが出てました。
レベルは大違いですけれども、あれこそ我々の気持ちです。
北海道では、新函館北斗駅を一番に発つはやぶさ10号のニュースが主でした。
河内氏、テレビに映ってなかったね・・・、とのメールを頂きましたが、下手にTV局の目に止まり、ショーンKの代わりにホラッチョかわうちの名前でコメンテーターをやらされ、とんでもない発言をして、大炎上するようなことになっては困ります。 \(^o^)/
因みに先生は「海峡」という映画をご存知でしょうか?
高倉健さんや吉永小百合さん、三浦友和さん、森繁久彌さんなどが出演されておられました。
青函トンネル工事の物語なのですが、あの中で先進導坑が貫通した時に健さんが見せたガッツポーズは素晴らしかったです。
三十数年前になりますが、いつの日か青函トンネルを新幹線が通って一番列車で北海道側へ抜けた時、私も健さんに敬意を表してガッツポーズをしてみよう!と心に誓っておりました。
そして一番列車で、ついにやりました!
馬鹿丸出しです。WWW
さて、一番列車ですが、ズル乗車は可能だと思いました。
流石にキセル乗車は違法ですが、一番列車の切符を持ってなくても、例えば、当日の閑散とした時間の指定席を取っておいてデッキに立っていれば絶対にバレないと思います。
改札機で引っ掛かることも無いと思います。
流石に東京から4時間立ってるわけにはいかないでしょうから、特定区間程度でないと無理ですね。
因みに私がゲットした4号車後方のデッキには発車時で四人立ってました。
いろいろ調べてみましたが、規則上は一両に対し、責任者の判断で0名から最大15名分までの立席特急券の発行が可能なようです。
函館で育ち、青函トンネルの工事に関するニュースに絶えず接し、大出水事故では心を痛め、先進導坑の開通で盛り上がり、青函トンネルウォークなるイベントに応募して高倍率に勝ち、家内(あの頃は赤の他人)と海底トンネルの海面下を歩いて本坑中央部分では、北海道側からの参加者と擦れ違いながらエールを交わしました。
これ程、思いを込めていた北海道新幹線の一番列車に乗れて私は幸せです。
とても嬉しいです。
感無量です。
逆に、何十年も待っていたイベントを終え、あまロス症候群のようになっております。
ただ、気になるのは、二番新幹線で指定券が売れ残っており開業後9日間の予約率が24%に留まっていたことです。
北海道新幹線は函館に用のある人と北海道の奥地へ行くのに飛行機が嫌な人しか使いません。
仙台市地下鉄東西線と同様、先行きが心配です。
1987年の仙台市地下鉄南北線、2007年の仙台空港アクセス鉄道、2015年の仙台市地下鉄東西線、2016年の北海道新幹線と一番列車に乗ってきましたが、今回をもちまして我が人生における初乗りツアーは終了です。
函館土民が奥地と揶揄する北海道新幹線の札幌延伸やフォッサマグナの向こう側は要らねぇ!の西日本不要論者には、九州新幹線の長崎延伸など何の興味もないです。
お忙しいと拝察申し上げますが、是非とも新幹線で函館にお越しください。
その際の旅程は短気日本ツーリスト河内がご協力させていただきます。WWW
河内先生の、このグリーンの部分のお申し出に、感謝申し上げます。今井吃驚(びっくり)ツーリストの担当者も巻き込んで、短気日本ツーリストに頼んでみたらどうかな、どうしようかな〜と悩んでおります。
北海道新幹線一番列車切符
「立席って何だ?」
「知らない!」
「普通車空席って?」
「???」
河内先生の「こりない旅」
2016.07.11
我らが河内先生は、おおよそ15kmの道のりをママチャリにまたがり、やってきました。
自宅にはエンジン付きの四輪車いわゆる自動車があるにもかかわらず、です。
近年、院長よりずっと貫禄の付いてきたS君やK君には少し見習ってもらいたいと思います。
話が逸れていきますが、親愛なるSさんや、やはりSちゃんなどは週2のペースで、徒歩で通勤しています。
たまにMちゃんも参加しているとか・・・
話を戻しますが、河内先生は、前回「北海道新幹線の一番列車」に挑戦しましたが、あいにくと、あの憧れのH5系には乗車できませんでした。
「もうこういう事は終わりにしよう」と決意していましたが、なんとも心残り。
それで、そのうちやってみようと思っていた「稚内への旅」を実行しました。
河内先生のお言葉
おっさんの休日倶楽部チケットを使って稚内へ3年ぶりに行ってきました。
札幌↔稚内は、片道約5時間半かかり、なかなかキツいです。
初めに仙台から東京へ行き、三田に居る娘に会ってから北上したのですが、今回ついに北海道新幹線H5系に乗りました!
それも3回乗れました。
彩香パープルの帯が美しいです。
床にある雪の結晶マークも華麗でした。
という喜び冷めやらぬ状態が続いており、この高揚感は誰かに伝えなくては息が詰まってしまう。
ということで、当医院のホームページで発散しようと思いついたわけでしょう。
下の写真に見るごとく、ラベンダー色の帯こそが、夢にまでみた憧れのH5なのです!
河内先生の旅 Part1
先日、大人の休日倶楽部のチケットで北海道へ行ってきました。
本当は、根室の納沙布岬へ行きたかったのですが、天候の擾乱に巻き込まれた場合、仙台へ帰ってこれない可能性がありましたので、今回は諦めました。
その代わり、胆振管内の室蘭や新ひだか町の静内へ行きました。
室蘭では、青少年科学館に行ってみました。
ここは、中学の修学旅行以来でしたので40数年ぶりでした。
当然のことながら展示内容は全く異なっておりました。
静内町は初めて行ったのですが、数年前の高波で線路が流され、鵡川から向こうはバスによる代行運転でした。
途中、路盤が流され宙づりの線路が見えた時は心が痛みました。
赤字路線ですので、再開することなく、いずれこのまま廃線になるのでしょうね。
今回撮った写真です
ん?
北海道新幹線の防音壁は防雪対策を兼ねているのか、背が高いです。
そのため、景色が良く見えない区間が長いです。
新函館北斗駅にあるケンシロウの像にある説明板です。
黒王号を呼ぶ会とは、どのような活動をしているのでしょうか?
今回は、以前にあった国宝である中空土偶のレプリカがなく、人形装飾付異形注口土偶が置いてありました。
なかなか不気味です。
周囲にレンタカー屋さんしかなかった新函館北斗駅に隣接したホテルが間もなくオープンするようです。
ショップなども入るようですので、少しは賑わうことでしょう。
プラットフォームにある紅白幕の模様ですが、開業を祝うものかと思っていたら、以前にはなかった「立ち入り禁止」の表示が付いておりました。
青函トンネル内でも竜飛定点と吉岡定点で、私が使用しているauの携帯でアンテナが立ちました!
一瞬ですので流石に通話は無理でしょうが、メールの送信くらいは出来そうです
前にもお知らせしましたように、新函館北斗駅にはガラスに赤とんぼのシールが1800枚、ずーしほっきーのシールが7枚貼ってありますが、そのうちの6枚まで見つけました。
あと一枚見つけましたら報告させて頂きます。
河内先生へ
いつも楽しい写真をありがとうございます。
これで、私たちも北海道のあちこちに訪れたことがある様な錯覚を覚えるほど、満喫しています。
実際行けばまた違った様子に感じるかもしれませんが、書籍を読むのと同じで、もう一つの体験をしているわけになります。
遠出がなかなか難しい私にとって、嬉しい出来事です。
またの機会を楽しみにしています。
松田
河内先生の旅 Part2
先日、北海道新幹線が開業一年を迎えました。
お陰様で一番列車に乗れた私は、一年以上経過した今も、わくわく動物ランド状態でアドレナリンが出まくっております。 \(^o^)/
毎日、ニコニコしながら一番新幹線の写真や動画を見ておりまして、家内には「我が家は毎日一番新幹線が走っている!」と言われております。
H5系は美しいです。
当方、開業一周年記念のイベントが催された日は東京で別用がありましたので函館には行けませんでした。(´・ω・`)
でも、その一週間前に母親の七回忌法要のため、家内と函館に行きました。
その際、松田先生より宿題として賜っていた、ずーしーほっきーのステッカー7枚を探索し、ついに全て見つけました! \(^o^)/
ほっぺの膨らみのような車両/イルカの表皮のような滑らかさ
新函館北斗駅の隣に開業したホテル。レンタカー屋さんしかなかった駅周辺でしたが、ホテルの一階には、いろいろなお店が出ていて楽しめました。
ずーしーほっきー(7枚)と赤とんぼ(1800枚)のステッカー
7つのずーしーほっきーを探せ!!の用紙
7枚のうち2枚はJR構内にあるため、入場券が必要になります。
そのため、5枚でもプレゼントをもらえます。
7つのずーしーほっきーをさがせ!の掲示板(小学生以下対象)
案内のごとく、小学生以下のお子さんは、5枚以上見つけると記念の缶バッジをもらえるようですが、私は7枚全部見つけたのにもらえませんでした。
ホントに欲しかったです・・・(´・ω・`)
家内をモデルにして撮影し、新函館北斗駅の地図と重ねた画像を作成致しました。
乗りの良い家内です! WWW \(^o^)/